白菊会から連絡があり、合同慰霊祭に参加しました!献体PART2

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遺骨返却とともに一緒に貰うものです献体の体験/感想

白菊会から連絡があり、合同慰霊祭に参加しました!

おばあちゃんを見送って3年後、白菊会の方から連絡がありました。
私のおばあちゃんは返ってくるのが遅くて3年かかりました。

献体へ行った時のことはこちらに書いています。

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私のおばあちゃんが献体へ行った時のお話をしましょう! これからご家族が献体へ行く方がいらっしゃるかもしれません。 私はおばあちゃんを献体へ送り出しました。 その時の経験を書かせて頂きます。 ご参考程度にどうぞ。 ...

慰霊祭当日

喪服を着て参加しました。

学生がたくさんいて、私が受付を済ませると、私専属の案内をしている子が決まっていました。

この子は理学療法士を目指している女の子でした。

 

お医者さんの卵だけが参加しているのかと思っていましたらそうではありませんでした。

理学療法士を目指している子たちも解剖立ち合いをするのでしょうかね。

そういう実習があるのでしょうね。

 

席に案内されて、座りました。

その子は付き添いなので私の横の椅子に座るのですが、また用事があるらしく去っていきました。

隣の席の女性と話をする

式までまだ時間があるので、なりゆきで隣の喪服を着た女性の方と話をしました。

この方は自分のお母様を迎えに来たそうです。

住んでいるところが遠いらしく、新幹線で出てきたそうです。

この会場のお手洗いで喪服に着替えたそうです。

私は仕事をしていて、職場で喪服に着替えて参加しました。

 

いつ遺骨が返ってくるか分からないから頭が痛くなったそうです。

この方は返ってくるのに2年ぐらいだったかなと思います、記憶が定かではありませんが。

頭が痛くなりやすい体質らしく、痛み止めをもうすでに飲んでいらっしゃいました。

案内人の大学生の女の子と話をする

私専属の案内をしてくれる女の子が帰ってきました。

慰霊祭が始まるまでまた時間があるので少し話をしました。

 

どうして理学療法士になろうと思ったの?

「私の姉が知的障害を持っているんです」

 

というお話から始まりました。

たくさん話をしたんですけど、運動会の話が印象に残りました。

おそらくお姉さんは特別支援学校に通っていたんだと思います。
運動会でかけっこする競技があったそうなんです。お姉さんの体は丈夫なのでかけっこでは上位を狙えるはずなんです。
ヨーイ、どん!
お姉さんは走り始めたのに止まって元に戻り始めたそうです。同じ走者で足にハンディを持った子がいたそうなんです。
特別支援学校なので様々なハンディを抱えている子がいます。
お姉さんがその子のことが気になって仕方がないから早く走れない。最終的に、その子と一緒にゴールして最下位に。

 

私、そんなの実際に見たら泣いてしまうわ!

「家族全員、泣きましたねー」

 

と話していたら、私は遺骨を受け取るのとは別の意味で泣きそうになりながら慰霊祭が始めりました。

慰霊祭なので厳かに執り行われました

医学部の先生、午前中は学生代表、ご焼香

慰霊祭のプログラム

<献体の遺骨返還プログラム>
一、開式の辞
一、黙祷
一、医学部長感謝の辞
一、学生代表謝辞
(昼食)
一、御遺骨返還及び感謝状授与
一、閉式の辞

 

医学部の学生代表、医学部の先生のお話、ご焼香などがありました。

良いお葬式をして頂けたなと思います。

慰霊祭なので、お坊さんも来られてお経を唱えます。

昼食

昼食も用意されています。

私の席の隣の女性の方が、なぜ昼食を挟むのかを教えてくださいました。

精進落としですね。

私はその時に意味を知らなかったので勉強になりました。

 

午後からはいよいよ遺骨を受け取ります。

それを考えると、この女性は昼食後「だんだん今、今いま頭が痛くなってきている」と現在進行形で言っていました。

午後は遺骨の受け取り

受付の時に名簿を頂くのですが、それに○○○○ベビー様と記載されているところがありました。

おそらく赤ちゃんでこの世を旅立った子なのかな、と思います。

これを見た時、お父さんもお母さんも献体に送り出すのは悩んだろうなと思いました。

 

あいうえお順で確かステージに呼ばれて遺骨を取りに行きます。

その時に一緒に感謝状を貰ったかどうかは忘れてしまいましたが…

 

学生が遺骨を返却してくれたのは覚えています。

この時に、付き添いの案内人の女の子も一緒にステージについてきてくれます。

 

淡々と受け取って行き慰霊祭は終了しました。

遺骨を受け取った人から帰れるのではなく、皆が受け取り終えて解散です。

その後

私のおばあちゃんの遺骨は1年間は私の家で保管をしていました。

おばあちゃんは「しずかちゃん、私はお墓は入りたくないから海に散骨してね」と言っていました。

私は「分かった」と言っていました。

 

白菊会から遺骨を返されて1年経った頃。

私はもうそろそろ散骨をしてもいいのではないかと思い葬儀屋さんへ散骨の手配をしました。

散骨のことについては次にお話します。

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