年齢を重ねた方とお話ししていると、お墓についての悩みを耳にすることがあります。
「お墓が坂の上にあって、足腰が弱くなったらお参りに行けなくなった」
「県をまたいで遠くまで行かなければならず、だんだんお墓参りが難しくなってきた」
「墓守をする人がいなくなった」
また、将来のことを考えて、墓じまいをしなければと悩んでいる方もいます。
大切な人を供養したい気持ちはあっても、お墓を維持していくことが負担になる場合もあるのですね。
祖母は海洋散骨を選びました
私の祖母には、お墓がありません。
祖母は、祖父と同じお墓には入りたくないという気持ちを持っていました。
そこで選んだのが、海洋散骨でした。
お墓を持たないという選択をしたことで、将来、墓じまいをする必要もなく、お墓を管理する人を心配する必要もありません。
もちろん、海洋散骨が誰にとっても最適な方法だとは思いません。
お墓を大切にしている方もいますし、家族で同じお墓に入りたいと考える方もいるでしょう。
大切なのは、それぞれの事情や気持ちに合った方法を選ぶことではないでしょうか。
無理にお墓を作らなくてもいいのではないか
私は、金銭的な余裕がなかったり、お墓を継ぐ人がいなかったりする場合、無理にお墓を作らなくてもいいのではないかと思っています。
お墓を持つことで安心できる方もいれば、お墓の維持や管理が負担になってしまう方もいます。
遠方に住んでいたり、年齢とともに足腰が弱くなったりすれば、以前のようにお参りすることも難しくなるかもしれません。
故人を大切に思う気持ちがあるのに、お墓を守れないことで悩んでしまうのは、つらいことです。
お墓を持つことだけが、供養の方法ではないのだと思います。
心の中で手を合わせるという供養
私は、亡くなった人を思い出したときに、心の中で手を合わせる。それでもいいのではないかと思っています。
ふとした瞬間に、その人との思い出がよみがえることがあります。
一緒に過ごした時間を思い出して、懐かしくなったり、思わず笑ってしまったり。
そうやって故人を思い出すことも、その人を大切にするひとつの形ではないでしょうか。
お墓があっても、なくても、亡くなった人との思い出までなくなるわけではありません。
供養の形は、人それぞれです。
周囲の人と同じようにしなければと考えたり、将来の負担を心配して無理をしたりする必要はないのだと思います。
瀬戸内海が、祖母のお墓
私の祖母は、瀬戸内海に海洋散骨をしました。
私にとって、瀬戸内海は祖母のお墓のような存在です。
お墓参りに出かけなくても、海を眺めると、ふと祖母のことを思い出します。
「ああ、ここにおばあちゃんがいるんだな」
そんなふうに感じることがあります。
海を見ながら、祖母と過ごした日々を思い出す。懐かしい出来事を思い返して、思わず笑ってしまうこともあるでしょう。
お墓がなくても、故人を思い出す場所はあります。
私にとっては、それが瀬戸内海なのです。
お墓を建てることだけが供養ではないのだと思います。
心の中で手を合わせたり、ふとした瞬間に故人を思い出したりすることも、その人を大切に思う気持ちにつながっているのではないでしょうか。
自分や家族に合った供養を考える
お墓を持つこと、墓じまいをすること、海洋散骨を選ぶこと。
それぞれにメリットや注意点があり、家族の考え方によっても選択は変わります。
海洋散骨を考える場合には、家族の意向や実施する事業者の案内を確認し、必要な手続きや費用についても事前に調べておくことが大切です。
そして、どの方法を選んだとしても、故人を思う気持ちまで他人と比べる必要はありません。
私は祖母の海洋散骨を通して、お墓を持たないという選択肢があることを知りました。
お墓を守ることが難しくなった方や、これからの供養について悩んでいる方にとって、少しでも考えるきっかけになればと思います。
