はじめに:ニュースでは語られない現実がある
「育児に悩んでいた」
そんな一言で締めくくられる母子の死亡ニュース。
けれど、その“育児の悩み”とは一体何だったのか。
どんな日々が積み重なって、どれほどの孤独の中で、その決断に至ったのか──報道では、そこまで踏み込まれることはほとんどありません。
とくに、障がいのある子どもを育てているご家庭にとって、日々の生活は想像を超える苦労と責任の連続です。
それは、介護と医療、制度の壁、将来への不安、社会の無理解……数えきれないほどの重荷を一人で背負っているということでもあります。
「子どもを道連れにするなんて」
そう非難する声があることも知っています。でも、私は別の視点から、その背景を知る機会がありました。
「自分も、あの立場になっていたかもしれない」
家政婦の仕事をしていたある日、私は同じ現場で働く女性と出会いました。
彼女は明るくて、声も高く、いつもにこにこしている人。でも、その笑顔の裏に、壮絶な日々があったのです。
彼女は、障がいのある長男と長女を育てるほぼシングルマザー(ご主人とは別居状態)でした。
長男は寝たきり状態。心臓病をはじめ、いくつもの重い病気を抱えていて、調子が悪い時にはたんの吸引が必要。
生まれたときから「そんなに長くは生きられないかもしれない」と医師に告げられていたそうです。
でも、その子は奇跡的に16歳まで成長していました。
その年齢まで生きられたのは、本当に日々の努力と、祈るような毎日の積み重ねだったに違いありません。
ある日、仕事の合間に彼女はふと、こうつぶやきました。
「母子心中の事件ってあるでしょう?
私も、もし少しでも状況が違っていたら、あの立場になっていたかもしれないって思うのよ」
私はその言葉に、返す言葉を失いました。
ただ、静かにその意味の深さを受け止めるしかありませんでした。
そして、これは決して彼女ひとりの話ではありません。
他の親御さんからも、「一度は“死”を考えたことがある」と聞いたことがあります。
それは“特別”な体験ではなく、「言葉にされなかっただけの現実」なのだと気づかされました。
誰よりも強く、誰よりも子どものことを思い、そして、誰よりも孤独な存在なのです。
“父親”たちの葛藤は、もっと語られていない
育児は母親のもの、というイメージが根強くありますが、実際にはシングルファザーとして障がい児を育てている方もいます。
行政の手続き、福祉制度、学校や医療機関との調整。
そのすべてを「男手ひとつ」で担いながら、「誰にも相談できなかった」と語る父親がいることも、あまり知られていません。
男性ゆえに「泣けない」「頼れない」──そうして心の居場所を失っていく人たちも、確かに存在しています。
社会の無理解が、親たちを静かに追い詰める
障がいのある子を育てる日々は、時に、出口の見えないトンネルのようです。
睡眠不足、将来の不安、経済的な問題、制度の壁──そして最も大きな壁は、「理解されないこと」です。
ちょっとした外出ですら、周囲の視線や言葉にさらされる。
助けを求めたくても、「甘えている」「頑張りが足りない」と言われるかもしれない──そんな恐れが、心の叫びを封じ込めていきます。
だからこそ、こうした親たちの“誰にも言えなかった声”が、静かに消えていく前に、私たちは耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。
おわりに:あなたの“気づき”が、救いになるかもしれない
母子心中のニュースの裏には、言葉にされなかった理由と、語られなかった毎日があります。
その現実を「知ろう」とすること。
非難ではなく、「想像」すること。
それが、次の悲劇を防ぐ小さな一歩になるのではないでしょうか。
「育児に悩んでいた」という一言で終わらせるのではなく、
その悩みが、どれほどの深さだったのか──
その先にどんな孤独があったのか──
私たち一人ひとりが、少しでも想像できるようになれたら。
きっと、誰かの明日を救う“光”になれると信じています。