私がおばあちゃんを献体に送り出せた理由

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私がおばあちゃんを献体に送り出せた理由

 

 

送り出せた理由、というものを私は今まで考えたことがありません。

なぜなら、私は白菊会へ送り出すのに全く悩まなかったからです。

 

遺族の方で悩んでいらっしゃる方がもしかするといるかもしれません。

その方はその方なりの答えを出せばいいと思います。

献体は「故人の同意」と「家族の同意」が不可欠だからです。

故人の意見ばかり通すものでもありません。

 

私の考えをご参考程度にお読みください。

 

 

本人がそうしたいと言っているのなら、そうした方がいいと思った

私のおばあちゃんはおそらく60代ぐらいの時には献体に登録しているんです。

亡くなったのは80歳過ぎです。

 

つい最近、献体に登録したわけではなく、昔から献体に登録しているんです。

根っからの献体希望者だったわけですね。

 

本人も「しずかちゃん、亡くなったらすぐに白菊会へ連絡してね」と気軽に言っていました。

私も「分かった、分かった」と言っていました。

そういう普通の会話をしていたので、私は特に「どうしよう?」と悩むことはありませんでした。

そうするものだともう決めていました。

 

 

40代から糖尿病~心臓バイパス手術~ひ孫を抱けたのも医学のおかげ

私のおばあちゃんは病気だらけでした。

ラムネ菓子じゃないの?というくらいの数の薬を飲んでいました。

 

40代から糖尿病を発症していました。

大方40年近くは糖尿病と付き合ってきたわけです。

糖尿病なので合併症がたくさんありました。

それでも80過ぎまでは生きていたんですね。

 

糖尿病は怖い、糖尿病になったら…と言われているのに

糖尿病と40年付き合ってきて生きながらえてきたなんてすごいと思いませんか?

 

「しずかちゃん、心臓のバイパス手術は失敗だったわー」ともよく言ってました。

お医者さんは「10年は持つ心臓にしたから」と術後に言われたそうです。

実際は10年以上もっていました。

だから私はいつもその話を聞くと「心臓のバイパス手術はある意味で成功してるんじゃないの?」と思っていました。

 

私のおばあちゃんはおそらくガンがリンパに入って行ったのが原因です。

糖尿病でなくなったわけではありません。

強い痛みが出てくる前に逝きました。

ガンになっていなければもっと長生きした可能性があると私は思っています。

 

ひ孫を抱けるだけの年齢に到達できたのは、医学の恩恵を受けていたからこそだと思います。

 

お医者さんも最初があります。

最初なんて、人なんて切ったことがありませんから誰かを切らないといけません。

外科の人は特に切って練習しないといけないと思います。

 

それに私のおばあちゃんは病気をたくさんしています。

普通の老衰した高齢者より勉強になるんじゃないかと思いました。

 

お医者さんが育つためには献体が必要だと思います。

 

常に『白菊会』のことは言っていた

ふとした時におばあちゃんは「白菊会、白菊会」と言ってました。

私も「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ」と聞いていました。

お互い深刻な話し方をしていたわけでもありません。

自然な流れで話をしていました。

なので、特に献体に対しての違和感は私はありませんでした。

 

ケンカし合っているご家庭とかあるんでしょうかね。

本人は「献体希望」で、家族は「献体反対」でケンカになる。

私の家ではそれは一切ありませんでした。

 

 

まとめ

献体に送り出すか、送り出せないか。

どちらを選んでも別に正解も不正解もないので、遺族は好きな方を選べば良いと思います。

献体は本人の同意と家族の同意が不可欠です。

 

ひとまず、私は特に送り出すのに抵抗がありませんでした。

悩むこともありませんでした。

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