日本財団より
「余命2カ月」—その宣告を受けたのは、34歳の時だった。
ミミポポさんは、26歳の時に乳がんを発症。しかし、病院へ行くことへの恐怖から、医療に頼らず自分で進行を抑えようとした。30歳を過ぎる頃には、がんが皮膚を食い破る「花咲乳がん」の症状が現れ、ついに動けなくなった時、訪問看護師の佐々木早苗さんと出会う。
佐々木さんは、何の説明もないままミミポポさんの家を訪れ、「なぜこの人はこんな状況になるまで家にいたのか」と驚いたという。しかし、上司から「医療不信の人だから、絶対に敵にならないように」と言われ、慎重に関わることを決めた。
「このままでは彼女は絶対に死んでしまう」
佐々木さんはそう感じながらも、ミミポポさんの「自分なりに病気を食い止めようとしていた」努力を否定せず、受け入れた。そこから、二人の関係が始まった。
「前向きでいたからこそ、今がある」
34歳で余命2カ月の宣告を受けたミミポポさん。しかし、彼女はその後も生き続け、現在は38歳を迎えている。
「前向きでいたからこそ、今がある」
彼女はそう語る。病気との向き合い方に正解はない。しかし、彼女のように**「どう生きるかを選ぶことができる」** というのは、大きな希望だ。
ミミポポさんは、YouTubeを通じて自身の闘病記録を発信し続けている。彼女の動画には、病気のリアルな姿が映し出されるが、そこには決して誇張や嘘はない。
「嘘をつかない」
それが、彼女の発信のスタンスだ。
病気はいつ訪れるかわからない
多くの人が、健康で働けるうちは、病気や障害を「自分には関係ないこと」と思う。しかし、ミミポポさんのように、突然の発症で人生が激変することもある。
彼女の発信は、病気と向き合うことの難しさ、そして「生きる選択」を考えさせてくれる。
「病気はいつ来るかわからない」—この言葉の意味を、私たちはどれほど真剣に受け止めているだろうか。
皆の声
私の母はステージ4の胃がんで岸本先生から手術を受けました。それから20年、今も元気で生きています!感謝です。
私は今年の2月に十二指腸がん多発肝転移ステージ4と診断されました。 もう死ぬ人という扱いを、産まれて初めて受けました。私はシングルマザーで知的障害のある息子と二人暮らしなので、まだ死ぬわけにはいきません。でも、延命のための抗がん剤治療がはじまり、人生が抗がん剤に振り回されるようになってしまい、仕事もできなくなってしまいました。 でも、まだ死ぬわけにはいきません。 がんは、人生を変えます。私は、がんによって突然崖から突き飛ばされました。でも、私は生きてます。まだ死にません。